四国88ケ所霊場 
第62番札所  宝寿寺
 ほうじゅじ

住所  愛媛県周桑郡小松町428  電話 0898−72−2210

     
旧 本堂

本尊  

十一面観音世菩薩

開基  

弘法大師

本尊の真言 

おん まか きやろにき 
やそわか         



本 堂


香園寺から、国道11号に沿って1KM歩く国道11号沿いにある。山門をくぐると、
右手に大きいチシャの木があって、枝を広げる樹の下に大師堂が建っている。
短い参道の正面に本堂がある。境内に子安観音の石像が立っていて、目尻
の下がった観世音像は、慈愛に満ちてやさしそうな表情をしている。大師堂に
は赤自、柄もののよだれかけがたくさん奉納されていた。この寺も若い母親の
尊信を集めているようだ。境内には鐘楼などもある。宝寿寺は天平年間(729〜
48)に聖武天皇の勅願により、伊予国一の宮の御法楽所として建立された。
このとき聖武天皇は金光明最勝王経を納めたと伝えられ、当時は金剛宝寺と
称していたという。場所も現在地でなく、近くを流れる中山川下流域の自坪に
あったらしい。その後、弘法大師が巡錫したときに、光明皇后をイメージして十
一面観音を刻んで安置し、寺号を宝寿寺と改めたという。この頃国司だった越
智氏の夫人は難産で、大師に祈念を頼んだ。大師は宝寿寺境内の玉ノ井の水
を加持して、越智夫人に与えた。夫人は玉のような男子を安産し、生まれた子供
に玉澄という名前をつけた。本尊の観音は守り神として親しまれ、多くの人たちの
信仰を集め、寺は栄えたと伝えられている。

天平年間 (708−78) 大巳]貴尊のご神託により聖武天皇が諸国に、の宮を造られたことがある。こ
の寺はそのとき伊予.国.の宮のご法楽析として創建された。が、その後数度の洪水で堂塔に被害を受け荒
れ果てていたが、天養2年 (1144) に再建されたのでその年の年号にちなんで天養川と改号イした。


大 師 堂



納 経 所







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